小説で読むインプロの生き方:仮面の教え1

 「では、何かここで描いてみてください」
 今日はコマーシャル制作会社の面接なのだ。
 良い大学に入って良い会社に入りなさい。親にも先生にもそう言われて育ってきたサクルはがんばってきた。言われた通りに勉強し、成績は常に上位10名に入ってきた。大学入試は一度失敗したが、良い大学に入って良い会社に入るのだと思い、たくさん勉強した。

 ただ、サクルにも夢があった。
 何か絵とか映画とか、作れる人になりたいな。
 小さい頃は絵を描くのも好きだった。でも何か描くたびに親も友達も笑った。
「何それ、変なの」
「ちょっと、なんでそんなに下手なの?」
「これキモいよ〜」
「もうちょっとここに影をつけて」
「それじゃ影つけすぎでしょ」
「もっとこうして、もっとああして」

 もうどうしていいかわからなかった。自分には才能がないし、想像力も創造性もないんだ。それだけはわかった。絵を描いたりするのをやめた。
 勉強だけは、批判されなかったし、やったことはやった分だけ正当に点数として評価されるので安心だ。浪人時代にもたくさんのハウトゥを学んだ。国語も文章を書くというより、「正しい意味を選べ」式な選択問題ばかりなので大丈夫だ。それに文章を書く時も、てにをはを間違えず、起承転結に従って、最後に道徳的な教訓を知った、などと入れれば点数が高くなるというハウトゥを学べたので、いわゆる大学入試の小論文もお手のものとなった。こうして苦労して、有名難関大学に入ったのだ。良い会社に入りたい。そうしたらきっと何か良いことがあるに違いない。

 「では、何かここで描いてみてください」
 今日は業界最大手のコマーシャル制作会社の面接なのだ。
 何か絵とか映画とか、作れる人になりたい。良い会社とは、有名な会社、有名な会社とは、売れている会社、稼いでいる会社、そう、コマーシャル制作会社。そこなら何か絵とか映画とかに関わる仕事もできそうだ。良い会社だということで親にも先生にも認められる。サクルの夢も、親や先生に批判されずに叶えられるかもしれない。サクルは緊張してペンを握った。描くぞ、と思った。ワクワクした。円から始めようか、いや円が歪んだら落とされるかも。四角を描こうか、いや四角四面でクリエイティブな人間ではないと思われるかもしれない。数学のグラフなら得意なんだが、きっとそれもクリエイティブじゃないからダメだ。木は? いやきっとデッサンができないからだめだ。犬は? 子供っぽい、却下。人間は? 無理無理。この会社のロゴはどうだ? いや、媚を売っていると思われる。だめ。
 ついに、サクルのペンからはひとつの点も、1本の線も、出てこなかった。

 落胆して帰路に着くサクルは、公園のベンチに腰を降ろした。俺はなんてダメなんだ。結局夢は夢か。そういえば、夜眠っている時に見る夢も「夢」。叶えたいことも「夢」と呼ぶのは、それが絶対にできないから、絶対に実現しないから、なんだろうな。英語でも同じように使うよな。全世界、同じなんだろうか。 そんなことをぼんやり考えていると、足元にカラフルな球が転がってきた。気づくと明るい音楽と笑い声が聞こえてきて、ピエロが一人、その球を拾いにやってきた。ピエロ、というより仮面だ。サクルの知っているピエロは、ハンバーガー屋の軒先に座っている人形のキャラクターのように赤い縮れ髪で白い白粉をべったりと塗っていて、分厚い真っ赤な唇を無理やり笑わせて赤い丸い鼻をつけているやつだが、こいつは違う。子供が作ったような幼稚な仮面をつけている。そいつは球を拾うとサクルにそれを差し出した。サクルが身振りで、いらないとすると、そいつは驚いて球を引っ込めた。が、またそれを差し出した。まるでとても美味しいものをどうぞ、と言わんばかりに。サクルが受け取ろうとすると、そいつは今度はそれを引っ込めた。なんだよ。どっちなんだよ。そいつはカラカラと、人生が吹っ飛ぶような明るい笑い声をあげて、サクルの隣に座った。 
「あって然るべきものだけを見ている人には、本来あるものが見えてこない」
仮面はそれだけ真面目な声で言ったかと思うとまたカラカラと笑って踊りながら去っていった。

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仮面が言った言葉はキース・ジョンストンの『インプロ』13ページにあります。人生を豊かにする魔法の書『インプロ』が欲しい方は三輪えり花まで。消費税分は無料でお届けします。メルマガでこの記事を受け取っている方はそのまま返信。ブログでご覧の方は、コンタクトフォームからお申込みください。


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